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2007年05月15日
“生野菜信仰”は、誰のため?
小松です。
るいネットでは、朝日の捏造記事を皮切りに、マスコミの共認支配の問題を真正面から取り上げる投稿が、日々続々とアップされています。→こちら
15日付けの農業新聞に気になる記事があったが、やや違和感があったので取り上げてみたいと思う。
【学校給食 生野菜なぜ敬遠?】~食育に逆行 基準明確に~食育の推進が叫ばれる中、衛生面を理由に、給食に出す野菜類を加熱処理しなくてはならないことに、「本来の食感が味わえないのは、食育に矛盾する」と改善を求める声が上がっている。生野菜は、市区町村の教育委員会が安全性を確認すれば出してもよいが、基準が明確でないため、ほとんどの小・中学校がキュウリやレタスまで湯通しして使っている。学校関係者らは国に対して、「4回洗えば安全などと、基準をはっきり示してほしい」と求めている。
(07/05/15 日本農業新聞)
学校給食では、野菜は加熱処理して出すのが原則らしい。病原性大腸菌O157による食中毒が全国で発生した翌年の1997年、当時の文部省は、給食の衛生管理を徹底するため「学校給食衛生管理の基準」を作り、野菜類を「75度以上で1分以上」加熱処理することを原則化した。これにより、漬物や梅干も加熱処理しなくてはならなくなったと言う。
確かに、学校給食での安全確保は大前提にあると思うが、ちょっと行き過ぎな気もする。実際、家庭でも外食でも、生野菜なんていつも普通に食べているし、家で食べる時だって、特別きれいに洗っているなんてことはないだろう。
とは言え、何かあった時には、当然国や自治体の責任が問われることになる。それを考えれば、「加熱処理」という方法は、あながち間違いではないとも思うし、安心・安全を求める親たちの期待にも応えているのだと思う。
では、一体何が問題なのか?
要するに、「本来の食感や美味しさが・・・」とか、「食育に逆行・・・」などと言っているのは、一部の教育関係者や知識人たちなのであって、それは単に、自分たちの思惑や、やろうとしていることの妨げになる、ということに過ぎない。人々の期待に応えるとか、社会的な責任という視点に欠けた、まさに無責任な発言そのものではないだろうか。
そもそも、野菜“本来の食感”とか“本来の美味しさ”って、一体なんだろう?それは生野菜でなければいけないものなのだろうか?決してそんなことは無い。
大切なことは、生野菜信仰などではなく、事実を教えることであり、「なんで思考」を身につけることだ。
何故、加熱処理が必要なのか?野菜を加熱するとどうなるのか?食感や味はどう変わるのか?などなど・・・、教えられることはいくらでもある。
食育とは何か、何を教えるべきか、その中身こそが問われているのだと思う。
投稿者 komayu : 2007年05月15日 22:21
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コメント
食事は家でとる物が基本であって家では生野菜だって食べれるはず・・・無理に学校で食べる事は無いように思います。安全である事の方が望ましいですかね。
本来の美味しさ・・・分かる人がどれだけいるのだろうか(笑)。
投稿者 mimi : 2007年05月17日 13:06
もし自分に子供がいたら、学校の給食に期待することって、安全安心は勿論やけど、「皆で食べる楽しさ」とか(あ、家も一緒か★)、皆のために準備する楽しさとか♪期待しちゃうかも☆
投稿者 ヒヨッコ百姓 : 2007年05月17日 13:30
4回洗えば安全・・・またむちゃくちゃな(@.@)
生野菜を一般的に食べ始めたのは戦後だという話も聞いたことがあるし、それでまた食中毒が起きたら、文句を言うのもこういう層なんだろうな・・
どんな食品を並べるかよりも、子どもたちが食について考える機会を与えていくことの方がずっとずっと必要なことだなと思いました(●^^●)
投稿者 ろーる : 2007年05月17日 19:47
「学校給食衛生管理の基準-文部科学省」によれば、
Ⅷ 調理過程>1 調理の原則>イ
給食の食品は,原則として,全てその日に学校給食調理場で調理し,生で食用する野菜類,果実類を除き,加熱調理したものを給食すること。
Ⅷ 調理過程>1 調理の原則>ウ
野菜類の使用については,昨今の食中毒の発生状況を踏まえ,また二次汚染防止の観点から,原則として加熱調理すること。
【中略】
なお,生野菜の使用にあたっては,流水で十分洗浄し,必要に応じて消毒するとともに,必ずその日のうちに給食すること。また,中性洗剤や消毒剤を使用する場合は,それらが完全に洗い落とされるまで十分に流水で水洗いすること。
==========
となっていますが、結局何を言いたいんでしょうか? 分裂ぎみの内容で、理解困難ですね!
投稿者 びん : 2007年05月18日 00:20
みなさん、コメントありがとうございます^^
>mimiさん
本来の美味しさ=生で食べること、だと思い込んでいるところが、なんとも短絡的ですよね^^;
>ヒヨッコ百姓さん
安心安全って、大前提みたいなもので、そのことを殊更声高に叫ぶのは、“普通の人”には何か違和感ありますよね。
それよりも、みんなで食べる楽しさや、作ってくれた人への感謝の心を学んで欲しいです。
>ろーるさん
実際何かあった時に、どれだけきちっとした対応がとれるか、ということの方がよほど大切です。
食について考える・・・、
学校はともかく、家庭ではどれほど出来ているのでしょうね?全部学校に押し付けている可能性大では!?
食に考えることは、そのまま社会について考えるきっかけにもなると思います。
大切なことですね^^b
投稿者 こまつ : 2007年05月18日 00:31
こんにちは。
初めて寄せさせて頂いています。
下の文章、目からウロコでした。
>そもそも、野菜“本来の食感”とか“本来の美味しさ”って、一体なんだろう?それは生野菜でなければいけないものなのだろうか?決してそんなことは無い。
私自身、野菜本来の食感やおいしさ=生野菜のみでしか味わえないものと思い込んでいました。
じゃ、どうしたら良いのか???
食いしん坊&料理好きな私なりの解決策!
①自分が本来の野菜の美味しさを知ること。
②それを活かした料理を考えること。
③そしてみんなに食べてもらうこと。
よ~し、まずは食材本来の美味しさを知ることからはじめよう。
投稿者 AYA : 2007年05月23日 18:54
AYAさん、はじめまして。
私は、“本来の美味しさ”という表現そのものに、何か違和感があります。
単に、“野菜の美味しさ”ではいけないのでしょうか?
殊更“本来の”って言わなきゃいけないのは、何故なんでしょうか?
投稿者 こまつ : 2007年05月23日 22:01





